私は岩手県の田舎町で18歳まで生まれ育った。山と川に恵まれ、バスも電車も通っていて不便はなかった。しかし、私のような者が生まれ育つ、となると、環境としてはまだまだだった。
メンタルケア不足
私の町では、心のケアというものがされていなかった。そして相場を知らない私たちは、それを当たり前としていた。先生たちも壊れていた。故に、みんな壊れていった。私の場合はクラスメイトから「ウザい」「キモい」が聞こえなかった日はなかった。こんな状態では、「自分はケアされるべき存在だ」と思えなかっただろう。心を労ってもらったことがない大人が教えるがために、子供たちも心は労わらないものなのだと学ぶ。この状況はなかなか改善しない。
情報不足
この連鎖は情報が広まりづらい地域で起こりやすい連鎖である。テレビは長い時間見るものじゃないとか、大型施設のゲームセンターに行ってはいけないとかいう情報はあった。しかし、残念ながら発達障害はあまり知られていないため、『後の時代に訴えられても「知らなかった」で済ませられる問題』であった。
支援不足
そして周りも、こういう人間の対処法など知らない。叱るしかない。排除するしかない。傷つけるしかない。こうするしかなかったのだ。私たちが未知だったのだろうから、無理もない。それはそれとして、私にも君たちを嫌いになる権利はある。人には人と境界線を引く権利はある。
SNSに助けられて
そして私は、20歳で診断に至った。大きな後押しはTwitterだった。そこで発達障害に関する情報を得られたのだ。私のジャーナリングも誰かに有益な情報であることを祈る。

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