【四面楚歌は防止せよ】発達障害、普通学級の弊害

どうか、発達障害の居場所を普通学級と家庭の2つのみにしないでほしい。私は同じような子を増やさないために、自分の体験談を活かす。

支援のない学級では、友達ができにくい。

これは将来、複数人と力を合わせる場面に弱いという形で出てくる。お勉強が身についても、それ以外の尊い時間が全て奪われる。

私の場合は、楽しい休み時間も、ケンカも、仲直りも、卒業式の涙の別れも、体験できずに大人になった。今でもこの喪失感が突っかかっている。

会話が楽しい相手を得ずに残りの人生を歩めと言うのは、酷なことなのである。

勉強ができないと勉強が嫌いになるように、人との関わりに失敗すると人との関わりが嫌いになる。この現象を幼少期に味わったために基本が崩れた私は、その後の人生が全て何となくうまくいかない。

ここを治すには、周囲が責任を持って償うのではなく、この症状の患者である私が頑張るしかない。

以上の2つのリスクから、発達障害者の居場所は家と学校の他に、支援できる機関をもう一つ頼ってほしい。

現状では、社会全体の発達障害への対応はまだまだなのだ。「家族ががんばれ」でも「学校ががんばれ」でもない。できる限り数多くの頼れる機関に頼ってほしい。

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