【自己分析file2】『死にたくない』と慌てる人々を見ると悲しくなる現象について。

突然だが、私はジョジョ6部の最後の敵、エンリコ・プッチ神父にかなり同意している部分がある。元々ASDにもある症状が見え隠れしているのではと考えていたが、それ以上に同意できる箇所があった。

『ショックを受ける人々をかわいそうに思う』点である。

小さい頃、黄金伝説などに出てくる漁をするロケの説明CGで、魚が釣られまいと慌てながら抵抗するも釣られて死んでしまうのを見るのが嫌だった。悲しすぎたのだ。日本にヴィーガンの過激派団体が目立つほどいなかったのが不幸中の幸いだった。出会ってしまっていれば、今頃私は確実に一員であった。

時は流れて今日の先程、戦闘機を使用するゲーム実況動画に会った。そこで流れてきたのだ。

HPが赤表示の状態で「死にたくない!」と叫ぶキャラクターが。

今、私は涙でぼろぼろのまま、これを書いている。

このように、私は『死を前に慌てる人物(擬人化された生物含む)』が可哀想でならないのだ。これが、もしプッチ神父が手に入れたメイド・イン・ヘブンで完成するはずだった『天国』であればどうだろうか。

「俺はここまでのようだ。あとは頼んだぜ!」

と、いくらか爽やかに現世を去ることができるのではないか。プッチ神父も、人が自身の死亡をはじめとした人生の様々なショックで心を痛めるのを(自分が見るのを)嫌がったのではないだろうか。人生のグランドフィナーレは、やはり覚悟を携えて迎えたいものだ。だから、まだ死にたくないと慌てる人々が哀れでならない。そういう人を見るのはとても嫌だ。というわけで、私はプッチ神父のために祈るのをやめられないのだ。

ちなみに私はまだ死ぬ心の準備はあまりできていない。もうちょっと生きさせてほしい。

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