【明るい言葉よ、さようなら】発達障害、推しの共通点

結論から言うと、私の推しは『主人公サイドにいない』ことが多い。アニメにしてもゲームにしても、専ら敵やライバルである。

おそらく、社会的に認められやすいキャラクターがあまり好きではないのである。逆に、挫かれる側の人間には惹かれている。

ここで出てくるのが、昨今の作品に多い『なろう系』の存在である。この場合は、逆転に成功する不遇人物も、挫かれる優遇キャラも避ける。要するに私の無意識は、自分が認められるべき人間でない根拠をひたすら見つけようとしているのだ。

少し話を現実世界に移す。小学校から、道徳でなくても「希望を持て」「未来は明るい」「友達家族は大事」と刷り込まれる。人が喜ぶことに対して貪欲だった私はこれらを鵜呑みにした。

するとどうなるか。遅かれ早かれ飽和状態に陥り、上記のような綺麗事を取り込みたくなくなる。

そこでヒーローになってくれるのが、「苦しいならそう言え」「悲しいなら悲しむ場所作ってやる」「つらいのは自然な反応だろ」といった声をかけてくれる存在なのだ。運の悪いことに、私の周りにそんな人物はいなかった。テレビ画面の向こう側を除いては。

孤独に生きる第三勢力や光属性を否定する敵等々、アウトサイドに立つ面々に助けられるうちに、私は自分が正義から離れた方がいいと思うようになって今に至る。

だから、自分が社会に合わないと思うのは、教育課程上仕方ないのだ。我々がのびのびと生きる術は、今現在は発明されていない。

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