2026/04/27

私は学校のクラスにとって、絶好のスケープゴートであった。恐怖で嘘をつきやすいのも、忘れ物が多いのも、そして道徳の授業を鵜呑みにし、『いい子』こそ人の道と信じて疑わなかったのも私だったからである。「世界の幸せが私の幸せ」というフレーズに共感していた。だから、『つらい状態を当たり前としながら毎日を過ごしていた。』

ちなみに当時の私に逃げ場はなかった。自慢ではないが、私は学生時代メンタルの不調で休んだことはない。許されなかったのだ。それはズル休みの範疇だった。学校から逃げられなかった。もっとも、家にも私のプライベート空間などあって無いものだったが。

このように毎日やってくるスケープゴートは、幼いクラスメイトにとっては『苦しめていい存在』、発達障害についての情報が浸透していない大人たちにとっては『勉強ができるのになぜか総合学習ができない子』、そして家族にとっては、『辛くても学校に通う心の強いいい子』であった。要するに、助けの手はなかったのだ。

そして今も、私はスケープゴートなのだろうと思っていた。しかし今は私の傾向に診断が下り、理解のある人も増えている。SNSに同じ傾向の方を見ることもある。

私は気づいたのだ。スケープゴートには任期がある。私が担当する期間はとっくに過ぎている。おそらく初診の時に。今後は良くも悪くも、学生時代のようにはいかない。少なくとも、「世界の幸せが私の幸せ」とのたまう時間はおしまいなのだ。

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